タグ別アーカイブ: ブランド戦略

製造業は今こそブランディング。成功事例と戦略を解説

「品質がすべて」。
この考え方は、今も現場に深く根付いています。そして、それは決して間違いではありません。多くの製造業がその信念をもとに、誰にも真似できないモノづくりをしてきました。
ひとつひとつ丁寧に、精度と耐久性を追求し、数えきれない製品を世に送り出してきた実績。そこには確かな誇りがあるはずです。

だからこそ、「なぜ最近、選ばれにくくなっているのか」が分からない。そんな戸惑いが生まれても不思議ではありません。

 

品質の良さが見えにくくなっている現実

以前は、「壊れにくい」「精度が高い」といった性能や品質こそが、他社との明確な差でした。
しかし現在、各業界ともに製造技術の水準が上がり、ある程度の品質まではどこでも実現できる時代になっています。だから、顧客の側から見れば、各社の製品の違いが分かりづらくなっているという現実があります。

たとえば、図面上では同じ精度でも、実際のこだわりや努力は簡単には伝わらない。これは、製造業全体が真面目に努力してきた結果でもありますが、皮肉にもその努力が“見えにくさ”を生んでしまっています。

結果として、価格だけで比較されてしまったり、「なんとなく」で他社に流れてしまったりするケースが増えてきているのです。

 

顧客が求めているのは“違い”ではなく“意味”

今の市場では、「何を作っているか」だけではなく、「なぜそれを作っているのか」が問われるようになっています。
品質やスペックだけでは響かなくなり、「この会社は、なぜこの製品を作っているのか」「この会社と取引する意味は何か」といった“背景”が重視されるようになってきたのです。

たとえば、同じような機能の製品が並んでいるとき、選ばれるのは「考え方に共感できる企業」や「信頼できるストーリーを持つ会社」です。
その企業がどんな姿勢で社会に向き合っているのか。どんな価値観を持ってモノづくりをしているのか。
そうした“見えない部分”が、購入や取引の最終的な判断基準になっているケースが増えています。

そして、これはBtoCの話だけではありません。むしろ、BtoBの製造業にこそ当てはまる重要な変化なのです。

 

製造業が陥りやすい“語り方”のギャップ

多くの製造業企業では、自社の強みを「性能」「精度」「導入実績」「技術力」といった実利で語ります。それは正しいアプローチではあるのですが、どの企業も似たような切り口になるため、差が見えづらくなってしまうのです。

聞き手(顧客)の側からすると、「すごそうだけど、他社と何が違うのか分からない」と感じることが少なくありません。

ここで、ひとつ重要な視点があります。
それは、「何を作っているか(What)」ではなく、「なぜ作っているのか(Why)」を語るという視点です。

 

ゴールデンサークル理論に学ぶ、“Why”からの発信

マーケティングの世界でよく知られているのが、サイモン・シネック氏の「ゴールデンサークル理論」です。
この理論では、以下の3つの順序で物事を伝える重要性が説かれています。

  • Why(なぜやるのか)
  • How(どうやってやるのか)
  • What(何をやっているのか)

多くの企業が「What」から語り始めますが、人の心を動かすのは「Why」です。

たとえばAppleが人々に強く支持されているのは、単に「スマートな製品を作っているから」ではありません。彼らは「私たちは常識を疑い、世界を変えるために製品をつくっている」と明確な“Why”を掲げ、それが多くの共感を呼んでいます。
その理念を実現するHowとして、「Think Different(常識を疑う、型破りな考え方)」という姿勢があり、
その結果として生まれてくるWhatが、「iPhone」「Mac」「AirPods」などの製品です。
この順番で語られているからこそ、「ただのスマートフォン」ではなく、「Appleだから欲しい」と思わせるブランドになっています。

これは製造業でも同じです。
「なぜこの技術を守り続けているのか」
「なぜこの精度にこだわるのか」
「なぜこの業界に貢献したいのか」

そうした“Why”を伝えることが、製品や会社に“意味”を与え、顧客の記憶に残るようになります。

 

成功事例:ブランディングで選ばれる製造業へ

製造業ブランディングにいち早く取り組んでいる企業の事例をご紹介します。

 

1. オカムラ(オフィス家具・店舗什器)ーーWhyの言語化により価格競争から脱却

オカムラは、製品スペックではなく「働く環境をどう豊かにするか」というコンセプトを強く打ち出すことで、オフィス家具業界の中でも独自の立ち位置を確立しました。

たとえば、「働き方の未来を支える」というビジョンを前面に出し、製品単体ではなく“空間”や“体験”で価値を語るスタイルにシフト。
その結果、単なる「高品質な椅子」ではなく、「この会社と一緒にオフィスを作りたい」と選ばれるようになっています。

オカムラ

 

2. 能作(鋳物メーカー/富山県)ーー 製品ではなく“企業の世界観”がブランドになった事例

もともとは仏具などを製造していた町工場が、自社の技術や素材の魅力を再解釈し、「錫(すず)」を活かしたデザイン商品を展開。「伝統技術と現代の暮らしの融合」というストーリーが広まり、国内外で注目されるブランドに成長しました。

工場見学やワークショップなど、体験を通じたブランド価値の浸透にも積極的。単なる製品販売ではなく、企業そのものへのファンづくりに成功しています。

能作

 

3. ダイソン(イギリス)ーーWhyがブランドそのものであり、強い価格耐性を生む事例

製造業というよりプロダクト企業という印象が強いですが、ダイソンは“なぜ”を徹底して伝える会社です。

「従来の不満をゼロにする」という創業者ジェームズ・ダイソンの哲学がブランドの核になっており、製品の独自性もそこから生まれています。
スペックではなく「理念」で売ることで、価格帯の高い商品でも選ばれるブランド地位を築いています。

ダイソン

 

4. ミスミグループ本社(FA部品・金型部品)ーーBtoBでも、ブランドが信頼の源になる好事例

同社は「精密部品の調達リードタイムをゼロにする」という目標を掲げ、部品調達の“常識”を変える挑戦をブランドにしています。

結果、納期・価格・在庫に対する信頼性がブランド価値となり、エンジニアの中で“まずミスミを見る”という習慣が生まれています。

ミスミグループ

 

今こそ、ブランディングで先手を打つチャンス

製造業では、まだまだ「ブランディングはBtoC企業がやるもの」と捉えられている傾向があります。
だからこそ、今ブランディングに本気で取り組むことで、他社より一歩も二歩も先を行ける可能性があります。

競合他社がまだ気づいていない今のタイミングで「自社の想いや価値観」を言語化し、外に発信できれば、価格だけに左右されない強い選ばれ方ができるようになります。

ブランドは、単なる見た目の話ではありません。信頼や共感といった“無形資産”を築くための基盤です。そしてそれは、一朝一夕で作れるものではありませんが、積み重ねることで確実に効いてきます。

製品ブランディング

 

ブランディングとは、想いを形にし、届ける技術

最後にもう一度確認したいのは、「ブランディング=見せ方」ではないということです。ロゴやパンフレットを整えることだけがブランディングではありません。自社の価値観や信念、こだわりといった“根っこ”の部分を明確にし、それを社員や顧客と共有し、育てていく。それが、本来のブランディングの意味です。

製造業だからこそ、モノづくりの現場にある情熱や姿勢、譲れない想いを言語化し、届けることに価値があります。それは価格やスペックでは測れない「意味」を与え、顧客との関係をより深く、強いものにしていきます。

 

品質 × ブランディングが、これからの勝ち筋

品質が重要であることは、これからも変わりません。
しかし、その良さが“伝わらない”なら、それは存在していないのと同じです。

これからの製造業には、「品質」だけでなく、「伝える力=ブランド」が必要です。
そして、まだ多くの企業がそこに本格的に取り組んでいない今だからこそ、先手を打てば競争優位を築くことができるのです。

3C分析をブランディングに活用するときの注意点

ブランディングの議論が社内で本格化すると、最初にぶつかる壁が「どこから手をつければいいのか分からない」という状態です。そんなとき、ありがちなのがフレームワークを導入して全体像を整理しようとする動き。とくに「3C分析」や「SWOT」など、マーケティングの基本フレームは使いやすさもあって選ばれやすい傾向にあります。

なかでも使われやすいのが「3C分析」です。これは、顧客(Customer)・競合(Competitor)・自社(Company)という3つの要素をクロスさせ、ブランドの価値やポジショニングを論理的に導き出すものです。

便利で説得力があるフレームワークではあるのですが、誤った使い方をすると、かえってブランドの方向性が曖昧になってしまうことも少なくありません。そこで今回は、全社の方向性をプランニングする部門(たとえば経営企画室)の実務担当者が3C分析を実施する際に陥りがちな落とし穴と、注意すべきポイントを整理します。

平田弘幸

執筆した人:平田弘幸

株式会社フレイバーズ代表取締役。一般社団法人ブランドマネージャー認定協会・認定コンサルタント(インターナルブランディング)、ブランドマネージャー(1級)。大手電機メーカーで国内外の営業、企画を15年間経験した後、フレイバーズ設立。製造業での知見を活かし、中小企業のブランディングに強み。

 

3C分析とは何か?まずは基本の理解から

3C分析は、3C(Customer、Competitor、Company)をそれぞれ分析したうえで、それらの要素を掛け合わせることで、自社が取るべき戦略やブランドの方向性を導き出す方法です。

例えば以下のような掛け合わせが基本になります:

顧客 × 自社:顧客が求めていて、自社が提供できる価値は何か

自社 × 競合:競合と比較して、自社が勝てる部分はどこか

顧客 × 競合:顧客が重視し、競合が対応しているが、自社が弱い部分は何か

このように、単純な3C分析よりも一歩踏み込み、戦略の優先順位や差別化の方向性を可視化できるのが特徴です。自社の弱い部分は、あまり時間をかけて分析しても意味はありません。むしろ時間をかけるほど、愚痴合戦のような状態になってしまいます。ブランディングは、自社の良い部分を伸ばすことで顧客に力強く訴求することが目的。競合他社と比較して足りていない部分は、思い切っていまは目をつぶっておきましょう。

ブランディングではこの分析を使って、「自社ブランドは誰に、何を、どう届けるのか」という問いへの答えを論理的に構築していきます。

 

3C分析をブランディングに活用する際にありがちな3つの誤解

便利なフレームワークには副作用もあります。とくに次のような3つの誤解は、ブランディングにおける方向性を誤らせる原因になります。

 

誤解1:「顧客視点=機能的ニーズ」だと思い込む

「顧客視点で考えよう」と言いながら、出てくる要素が「安い」「早い」「便利」ばかりでは意味がありません。それは表面的な選定理由であって、ブランドを選ぶ理由ではないからです。

ブランディングで重要なのは、顧客がどんな文脈でブランドを選び、どんな感情で関係を築いていこうとしているか、という視点です。つまり「スペック」ではなく「意味」が問われるということです。

 

誤解2:「競合=同業他社」と決めつける

競合分析というと、つい同じ製品、サービスを扱う他社に目がいきがちです。しかし実際には、顧客の選択肢は同業に限りません。

たとえば、スターバックスにとっての競合はドトールやタリーズだけではなく、コンビニコーヒー、自宅カフェ、さらには「今日はカフェに行かない」という選択肢すら競合になり得ます。

競合の定義が狭すぎると、ブランディングの差別化軸も浅くなってしまうでしょう。

 

誤解3:「自社の強み=過去の実績」だけで考える

「うちはこれが得意」「この分野は負けない」といった自社の強みを語るとき、往々にして過去の実績や現在の技術力に基づいているケースが多く見られます。

しかし、ブランドは未来志向のものです。過去の実績ではなく、これからどんな「価値観」や「ライフスタイル」を象徴していく存在なのか、それを語れなければ、ブランドとしての広がりが生まれません。

もちろん、現在の顧客が自社を選んだ理由を知ることは非常に重要なことですが、その一点だけに強みが集中してしまうとブランディングの範囲を狭めてしまうことになりかねません。

 

実務で押さえるべき4つの注意点

上記の誤解を踏まえたうえで、実際に3C分析をブランディングに活用する際の注意点を具体的に紹介します。

 

① 顧客の「無意識の選択理由」に踏み込め

顧客の選定理由には、本人が意識していない「無意識の価値判断」が数多く含まれています。たとえば、「高いけどなぜかあのブランドを選ぶ」という行動には、価格や性能では測れない「好感」や「信頼感」が影響しています。

ここに踏み込まないまま分析しても、「当たり障りのない差別化」にしかなりません。

ヒント:インタビューやユーザー観察によって、「なぜそれを選ぶのか?」「どうして他と比べて安心感があるのか?」といった問いを深堀りしましょう。

 

② 競合の再定義がブランドの輪郭を決める

競合の捉え方次第で、自社ブランドの意味づけも変わります。「モノとしての競合」ではなく、「体験としての競合」を意識することで、自社ブランドが提供すべき価値が変化します。

たとえば、高級腕時計の競合は他ブランドの時計ではなく、「自分へのご褒美」や「ステータス実感」を得られるすべての行為かもしれません。

ヒント:競合を「同じ問題を解決している他の選択肢」と定義し直してみましょう。

 

③ 自社の強みは「記号」化して語れ

ブランドの強みは、機能や技術力だけではなく、「象徴」としての役割を果たす必要があります。
たとえば「無印良品」は「シンプルな生活の象徴」、「Apple」は「革新性と美意識の象徴」として機能しています。

これらはすべて、技術や商品を超えた「記号的価値」です。

ヒント:「私たちのブランドは、顧客にとって何の象徴か?」という問いをチーム内で共有し、強みの再定義を図りましょう。

 

④ フレームワークに縛られず、「物語」を紡げ

最後に大切なのは、分析の結果をそのまま資料に貼って満足しないことです。

3C分析の目的は、単に整理することではなく、ブランドの「意味」や「物語」を構築するための出発点です。

論理で構築した戦略を、感情で語れるストーリーに翻訳するプロセスが必要です。ブランドとは、最終的には「覚えられる」「共感される」ものとして成立する必要があります。さらに、誰かにそれを伝えたくなる要素、これがめざすべきストーリーです。

 

ブランドは、差別化ではなく「意味化」されるべき

「ブランディング、3C分析」というワードで検索してください。無数のテンプレートや図解が出てきます。しかし、それらを形式的に埋めるだけでは、顧客の心には届きません。

プロジェクトメンバーの役割は、ロジックと感性を橋渡しする視点を持つことです。
そのためには、3C分析を単なる戦略設計の道具としてではなく、「ブランドの意味を考え抜くための補助線」として使う姿勢が求められます。まさに、頭にどれだけ汗をかくことができたかで、ブランディングの成功確率はグッと高くなります。

ブランドは、差別化されるのではなく「意味化」されるもの。
その意味を、顧客・競合・自社という3つのレンズを通して言語化できたとき、ブランディングは初めて本質に近づきます。

マーケティングでよく活用されるフレームワークは便利ですが、使い方を誤れば形だけの戦略に陥ります。とくにブランディングのように抽象度が高く、主観も入りやすい領域では、客観的な視点が欠かせません。だからこそ、必要に応じて専門家の知見を借りることも選択肢に入れるべきです。
外部の視点を取り入れることで、自社では当たり前になっていた価値や強みに改めて気づけることもあります。3C分析を「社内で完結させる作業」ではなく、ブランドを再発見する対話のプロセスとして活用していくことが、ブランディング成功への鍵になります。

フレイバーズでは、コーポレートブランディング、採用ブランディングなどを実施し、結果を出してきた実績があります。かんたんなご質問でも構いません。お問い合わせフォームからコンタクトしてください。