コラム(ブランディング)
ブランディング 2025年6月4日
製造業は今こそブランディング。成功事例と戦略を解説
「品質がすべて」。
この考え方は、今も現場に深く根付いています。そして、それは決して間違いではありません。多くの製造業がその信念をもとに、誰にも真似できないモノづくりをしてきました。
ひとつひとつ丁寧に、精度と耐久性を追求し、数えきれない製品を世に送り出してきた実績。そこには確かな誇りがあるはずです。
だからこそ、「なぜ最近、選ばれにくくなっているのか」が分からない。そんな戸惑いが生まれても不思議ではありません。
品質の良さが見えにくくなっている現実
以前は、「壊れにくい」「精度が高い」といった性能や品質こそが、他社との明確な差でした。
しかし現在、各業界ともに製造技術の水準が上がり、ある程度の品質まではどこでも実現できる時代になっています。だから、顧客の側から見れば、各社の製品の違いが分かりづらくなっているという現実があります。
たとえば、図面上では同じ精度でも、実際のこだわりや努力は簡単には伝わらない。これは、製造業全体が真面目に努力してきた結果でもありますが、皮肉にもその努力が“見えにくさ”を生んでしまっています。
結果として、価格だけで比較されてしまったり、「なんとなく」で他社に流れてしまったりするケースが増えてきているのです。
顧客が求めているのは“違い”ではなく“意味”
今の市場では、「何を作っているか」だけではなく、「なぜそれを作っているのか」が問われるようになっています。
品質やスペックだけでは響かなくなり、「この会社は、なぜこの製品を作っているのか」「この会社と取引する意味は何か」といった“背景”が重視されるようになってきたのです。
たとえば、同じような機能の製品が並んでいるとき、選ばれるのは「考え方に共感できる企業」や「信頼できるストーリーを持つ会社」です。
その企業がどんな姿勢で社会に向き合っているのか。どんな価値観を持ってモノづくりをしているのか。
そうした“見えない部分”が、購入や取引の最終的な判断基準になっているケースが増えています。
そして、これはBtoCの話だけではありません。むしろ、BtoBの製造業にこそ当てはまる重要な変化なのです。
製造業が陥りやすい“語り方”のギャップ
多くの製造業企業では、自社の強みを「性能」「精度」「導入実績」「技術力」といった実利で語ります。それは正しいアプローチではあるのですが、どの企業も似たような切り口になるため、差が見えづらくなってしまうのです。
聞き手(顧客)の側からすると、「すごそうだけど、他社と何が違うのか分からない」と感じることが少なくありません。
ここで、ひとつ重要な視点があります。
それは、「何を作っているか(What)」ではなく、「なぜ作っているのか(Why)」を語るという視点です。
ゴールデンサークル理論に学ぶ、“Why”からの発信
マーケティングの世界でよく知られているのが、サイモン・シネック氏の「ゴールデンサークル理論」です。
この理論では、以下の3つの順序で物事を伝える重要性が説かれています。
- Why(なぜやるのか)
- How(どうやってやるのか)
- What(何をやっているのか)
多くの企業が「What」から語り始めますが、人の心を動かすのは「Why」です。
たとえばAppleが人々に強く支持されているのは、単に「スマートな製品を作っているから」ではありません。彼らは「私たちは常識を疑い、世界を変えるために製品をつくっている」と明確な“Why”を掲げ、それが多くの共感を呼んでいます。
その理念を実現するHowとして、「Think Different(常識を疑う、型破りな考え方)」という姿勢があり、
その結果として生まれてくるWhatが、「iPhone」「Mac」「AirPods」などの製品です。
この順番で語られているからこそ、「ただのスマートフォン」ではなく、「Appleだから欲しい」と思わせるブランドになっています。
これは製造業でも同じです。
「なぜこの技術を守り続けているのか」
「なぜこの精度にこだわるのか」
「なぜこの業界に貢献したいのか」
そうした“Why”を伝えることが、製品や会社に“意味”を与え、顧客の記憶に残るようになります。
成功事例:ブランディングで選ばれる製造業へ
製造業ブランディングにいち早く取り組んでいる企業の事例をご紹介します。
1. オカムラ(オフィス家具・店舗什器)ーーWhyの言語化により価格競争から脱却
オカムラは、製品スペックではなく「働く環境をどう豊かにするか」というコンセプトを強く打ち出すことで、オフィス家具業界の中でも独自の立ち位置を確立しました。
たとえば、「働き方の未来を支える」というビジョンを前面に出し、製品単体ではなく“空間”や“体験”で価値を語るスタイルにシフト。
その結果、単なる「高品質な椅子」ではなく、「この会社と一緒にオフィスを作りたい」と選ばれるようになっています。
2. 能作(鋳物メーカー/富山県)ーー 製品ではなく“企業の世界観”がブランドになった事例
もともとは仏具などを製造していた町工場が、自社の技術や素材の魅力を再解釈し、「錫(すず)」を活かしたデザイン商品を展開。「伝統技術と現代の暮らしの融合」というストーリーが広まり、国内外で注目されるブランドに成長しました。
工場見学やワークショップなど、体験を通じたブランド価値の浸透にも積極的。単なる製品販売ではなく、企業そのものへのファンづくりに成功しています。
3. ダイソン(イギリス)ーーWhyがブランドそのものであり、強い価格耐性を生む事例
製造業というよりプロダクト企業という印象が強いですが、ダイソンは“なぜ”を徹底して伝える会社です。
「従来の不満をゼロにする」という創業者ジェームズ・ダイソンの哲学がブランドの核になっており、製品の独自性もそこから生まれています。
スペックではなく「理念」で売ることで、価格帯の高い商品でも選ばれるブランド地位を築いています。
4. ミスミグループ本社(FA部品・金型部品)ーーBtoBでも、ブランドが信頼の源になる好事例
同社は「精密部品の調達リードタイムをゼロにする」という目標を掲げ、部品調達の“常識”を変える挑戦をブランドにしています。
結果、納期・価格・在庫に対する信頼性がブランド価値となり、エンジニアの中で“まずミスミを見る”という習慣が生まれています。
今こそ、ブランディングで先手を打つチャンス
製造業では、まだまだ「ブランディングはBtoC企業がやるもの」と捉えられている傾向があります。
だからこそ、今ブランディングに本気で取り組むことで、他社より一歩も二歩も先を行ける可能性があります。
競合他社がまだ気づいていない今のタイミングで「自社の想いや価値観」を言語化し、外に発信できれば、価格だけに左右されない強い選ばれ方ができるようになります。
ブランドは、単なる見た目の話ではありません。信頼や共感といった“無形資産”を築くための基盤です。そしてそれは、一朝一夕で作れるものではありませんが、積み重ねることで確実に効いてきます。
ブランディングとは、想いを形にし、届ける技術
最後にもう一度確認したいのは、「ブランディング=見せ方」ではないということです。ロゴやパンフレットを整えることだけがブランディングではありません。自社の価値観や信念、こだわりといった“根っこ”の部分を明確にし、それを社員や顧客と共有し、育てていく。それが、本来のブランディングの意味です。
製造業だからこそ、モノづくりの現場にある情熱や姿勢、譲れない想いを言語化し、届けることに価値があります。それは価格やスペックでは測れない「意味」を与え、顧客との関係をより深く、強いものにしていきます。
品質 × ブランディングが、これからの勝ち筋
品質が重要であることは、これからも変わりません。
しかし、その良さが“伝わらない”なら、それは存在していないのと同じです。
これからの製造業には、「品質」だけでなく、「伝える力=ブランド」が必要です。
そして、まだ多くの企業がそこに本格的に取り組んでいない今だからこそ、先手を打てば競争優位を築くことができるのです。