コラム(フレイバーズなコト)

フレイバーズなコト 2018年7月6日

職人と話すのが楽しすぎる件

職人と話すのが楽しすぎる件

筆者は、職人を尊敬している。どんな分野であろうと、その道のプロは神々しくさえ見えてしまう。憧れに近い感覚だ。
事務所のビルの大規模改修に来ていた塗装工のお兄ちゃんの仕事ぶりを見て感動し、毎朝あいさつを交わす仲になってしまうほど話し込んだこともある。
仕事がら、取材をすることが多い。職人のムダのない動作や工夫を目の当たりにすると、どうしても

「ほぉ~」
「はぁ~」

などと、声を上げてしまう。決して、良いコメントをもらおうと持ち上げているわけではない。純粋に、すごい!と感じるのだ。

職人と話すことは楽しい。
そこには、私たちが知らない魅惑のマジックが存在する。それがどんなにすばらしいものか、職人たちと話すことの楽しみ、彼らが持つ技の素晴らしさを伝えていこう。

メレンゲは手で混ぜるもの

メレンゲは手で混ぜるもの

当社のクライアント、ケーキハウス・ツマガリさんにお邪魔したときのこと。
ある商品の製造工程を撮影するために筆者はファインダーを覗いていた。泡立てたメレンゲ(卵白を泡立てて、ふわふわに膨らませたもの)を焼き菓子の生地と合わせ始めた菓子職人。

さっきまでメレンゲを勢いよくマシン(筆者にはプロが使う泡だて器も魅惑的な道具に見える。すぐ欲しくなる)で泡立てていたのに、焼き菓子の生地と合わせるときは大きなボウルを使って、手動で行っている。

「なんで手で?」
「生地と合わせると、メレンゲがダレてしまうんです」
「ダレる?」

来た!業界用語だ。
この言葉を習得すれば、少し高みに行ける気がする。ただし、仕事とはまったく関係ない「高み」だけど。

「う~ん・・・」
一瞬、どう説明したらこのバカに理解してもらえるかと言葉を詰まらせていた職人は、素人でも分かりやすい言葉を紡いでくれた。

「べちゃっとしてしまうんです」
「ほぉ~、そういうものなんですね。やっぱり最後は職人の手が必要なんだ」

その瞬間、ボウルの中の生地をかき回す職人の上腕筋が、少し膨らんだ気がした。

指先で焼き上がりを見れてこそ

指先で焼き上がりを見れてこそ

筆者の言葉で、ボウルをかき回す手に力が入りすぎたのではないかと焦ったが、そこは職人。素人の言葉に踊らされるようなメンタルではなかった。

生地を型に流し込み、オーブンに入れて小一時間も待っただろうか。

「もうすぐ上がります」

オーブンの取っ手にかけた職人の手あたりに、ざっくりフォーカスを合わせておく。荒くなりかけた息づかいを抑え込むように、シャッターボタンに触れた人差し指に神経を集中させた。
勢いよく戸を開けた職人は、手前のバットに並んだ型からふっくら盛り上がった焼き菓子の表面をほんの少し突き、またバットをもとの位置へ。

「え?まだ?」

チャンスを逃すまいと、勢いよく連写した人差し指が寂しげだ。

「何をされたんですか?」
「焼き具合をみていたんです」
「ちょんちょんって?」
「はい」
「それで何がわかるんですか?」

まったく失礼な奴だ。相手は職人様だぞ。

「ちょんちょんと突いて、すぐ返ってきたら、焼き上がり。反応が遅かったら、もう少し焼きを入れます」
「ほぉ~、分かるもんなんですか?」

根っから失礼な奴だ。お前からすれば、相手は天下人みたいな人だぞ。

「やっぱり、最後は職人の手なんですね」

オーブンから勢いよくバットを取り出した職人が、ステンレスのテーブルに焼き型を叩きつける音は、いつもより大きい気がした。

※焼き型をテーブルに叩きつけることで生地と型の間にすきまを作り、型をひっくり返すだけで焼き菓子が取り出せるようになる。

オーブンは均一に焼けないと心得よ

オーブンは均一に焼けないと心得よ

1枚目のバットを取り出したものの、職人は2枚目、3枚目のバットはオーブンの中に置き去りだ。というか、扉は鈍い音を立てて閉められてしまった。

「このオーブン、5段あるでしょ?」
「はいはい」
「段によっても焼き上がりが違うんです」

※プロが使うオーブンは、家庭用のオーブンのように同じ釜の中で縦に数段バットが置けるわけではない。1段の高さが低く、段ごとに別の温度設定ができる完全分離型。低いピザ窯が5段になっているようなものだ。

ん?言っている意味が分からない。置き去りになったバットとどういう関係があるのだ?
し、しかしだ。ふだんは無口な職人が自分から話し始めてくれた。筆者は、ネッシーに遭遇するほどの奇跡に巡り合ったのかもしれない。

「同じ段で焼いていても、バットを置く場所によっても焼き時間が違うわけです。入れる枚数によっても、もちろん変わる」

い、いつまでしゃべり続けるのだ。そんなの、職人らしくないぞ。

彼は言った通り、型から盛り上がった焼き菓子の表面を一枚ずつていねいに人差し指でちょんちょんと触っていた。繊細な手付きで、ていねいに。
すべてのバットがオーブンから出てきたのは、最初のちょんちょんから5分ほど経っていたような気がする。なんとも言えない緊張感から、長く感じてしまったのかもしれないが・・・。

あとで聞いたところによると、天候によっても焼き上がり時間に差が出るという。
ひとつひとつのバットの焼き上がりをきちんとチェックすれば、均一な焼き上がりを担保できる。しかし、手間がかかる作り方だ。とても大量生産の菓子メーカーにはできないこと。それだけに、顧客からの信頼が厚くなるのだろう。

職人を目指そう

職人を目指そう

筆者が職人を崇める理由はこれだ。
気を抜かない。手を抜かない。神は細部に宿る、である。

また、彼らを見ていて感じ入るのは、動きにムダがないことだ。どの動きにも理由がある。ある地点に到達するのに一部の隙もない動きをするのである。
さらに言うならば、その洗練された動きゆえに、普通の人がするよりも早い動きなのに、逆にゆったりと感じてしまう。その動作は、美しいと表現してもいいくらいのものだ。

ムダがない。早い。
なのに、きわめて優秀なモノを生み出せる。
どの業界でもこれは通じる。筆者のいるWEB制作業界だってそうだ。多くの引き出しを持つデザイナーは、センス良く要素を組み合わせてクライアントを唸らせる。しかも手も早い。

若人たちよ、職人を目指せ。
職人と呼ばれるようになったら、おじさんが朝から晩まで褒めちぎってやるから。

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執筆:平田 弘幸

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