WEB制作コラム (フレイバーズなコト)

方向音痴のくせに道案内する理由


方向音痴のくせに道案内する理由

筆者は方向音痴である。なのに、なぜか人によく道を尋ねられる。日本人からも、外国人からも。
さっぱり見当もつかない場合以外は、いつも必死で案内する。
相手が外国人の場合は特にそうだ。筆者も異国の地で、たくさんの人に親切にしてもらって、今ここにいる。
ちょっと不思議な「縁」の話をしよう。

道案内を一生懸命する方向音痴

大阪城

フレイバーズのオフィスは天満橋にある。天満橋は大阪城の西側。
ある朝、地下鉄の駅を上がったところで、外国人観光客に大阪城の場所を尋ねられた。駅の出口から大股で5歩、小股なら8歩、南へ歩けば、大阪城が見える位置にいたのだが、周りの高い建物で見つけられなかったようだ。筆者は8歩南に歩き、笑顔で大阪城を示した。

この観光客は運のいい人だ。実はこの2日前まで、筆者も大阪城の場所がわかっていなかったのだ。
まだ入社したばかりで、駅からオフィスまでの最短経路を間違えないようにすることに必死で、まったく周辺が見えていなかった。
方向音痴にとっては、通勤路をマスターするだけでも大変なのである。

この時は運よく案内できたが、まったく不案内な土地で尋ねられることも多い。一度だけ案内を断ったのは、香港でオーストラリア人観光客(たぶん)から、現地の人しか知らないような店を尋ねられたとき。どうも、筆者を香港人だと思ったようだ。
いつもは、自分がわかっていなくても一緒に地図を見たり、ほかの人に声をかけたりして、なんとか行き先を示そうとする。
それは、外国で道を尋ねるのは勇気がいることを知っているから。冷たくあしらわれたら、相手の言葉がわからなかったらどうしようと、不安でいっぱいだ。
筆者自身、そんな気持ちでいろいろな国でさまよって、何度も親切にしてもらった。
ちょっとそのあたりの思い出を書いてみよう。

無敵の方向音痴が帰りつくことができた経緯

学校から帰れない

スクールバス

高校生の時、アメリカ南部の田舎町にいた。南部の英語は訛りが強くて、日本で習った英語と全然違うことに気づいたのは現地到着後。筆談とジェスチャー以外のコミュニケーション手段は、ほぼ途絶していたといっていい。
その町にいる日本人は、空軍基地内にいる日本人妻以外には筆者だけ。新聞に載るくらい珍しい存在だった。誰も日本のことを知らないし、日本人を見るのも初めて。黄色人種への偏見でからかう生徒もいたし、友達を作るのが難しかった。

スクールバスは、多数の同じ型のバスが複数のルートを走る。帰りに一度、違うルートのバスに乗ってしまい、帰れなくて大騒動になった。方向音痴には、適切なルートの乗り物に乗るのも大変なのである。

ある日、同じ高校のポールという少年が、帰りだけ車で送ってあげるよと申し出てくれた。彼とは学年も違い、同じ授業を受けたこともなかったが、食堂や廊下、図書室などで、なぜか何度も何度も顔を合わせたことがきっかけだった。1人で乗っても2人で乗ってもガソリン代にそんなに差が出るわけでもないし、通り道だし、ということだったのだろうか、彼の気持ちはもう確かめようがないが。
彼の厚意は年度末まで続き、おかげでバスの乗り間違いを繰り返すこともなく、無事に高校生活を送ることができた。

動物園から出られない

ライオン

その何年か後に、旅先のスイスのベルンの動物園に名物のクマを見に行こうとして、園内で迷子になった。時間は閉園間近、人影はない。出口を求めて必死にさまよい、脇の出口を発見し外に出られた。

そこにはたまたま古着屋さんがあった。動物園からの脱出に成功したものだから、なんだか元気が湧いてきて、店に入ってみた。思ったより商品の値段が高かったので、店を出ようとしたその時、お店のお兄さんがちょうど終わったレコードを交換し、針を落とした。

流れてきたのは筆者の大好きな曲だった。
これがビートルズくらい普遍的なものだったら、よくあることだと思うが、日本では町でほとんど流れない曲。

くるりと180度、筆者は回転し、「そのレコード好き?」と話しかけ、お兄さんも「〇曲目が一番好き」と嬉しそうに反応じてくれた。まあまあ、そこにおかけなさいと、お兄さんはコーヒーの準備を始め、筆者は持っていたチョコビスケットを出して、小さなお茶会が始まることに。
大好きなアーチストの話ですっかり盛り上がり、帰りの道案内もしてもらって、筆者は宿に帰りつくことができた。
あの時、動物園の脇の出口から出ていなければ、そして偶然あの曲が流れず店を出ていたら、きっとそこから宿までの長い旅路が始まっていたことだろう。

なんだか「縁」を感じるように

ガネーシャ

これ以外にも、道に迷う、乗り間違える、傘が壊れた時に雨が降ってくる、メニューが読めないなど、「途方に暮れている」状態のとき、何度も親切な人が助けてくれた。言葉が通じなくても、一所懸命こちらの意図をくみ取ろうとしてくれた。

日本にいる外国人だって、言葉が通じない不安を抱えている。そういう人たちが少しでも話せるようになったらいいなと考えて、日本語教師の養成学校に通った時期があった。お世話になった恩返しをしたい気持ちもあったのかもしれない。
結局、日本語教師になることはなかったが、引っ越してきた隣人がインド人だったり、行く先々で外国人から道を尋ねられることがなぜか増えていく。
ひょっとしたら、「日本に来て、ちょっとだけ困っている人」を手助けする「縁」があるのかもしれない、と感じるようになった。

その学校は移転してしまって今はないが、当時の場所は、大阪市中央区釣鐘町。
そう、フレイバーズのオフィスと同じ町内だった。

異国の縁の大きな円環を回って

そして今、筆者はフレイバーズにいる。
タイ出身と台湾出身の同僚がいて、しっかりと働いている。それぞれの故国の食べ物やアイドル、迷信などいろいろな話を聞かせてもらい、時には関ジャニ∞の話などもする。楽しい。
でも、母国語以外で生活していくことはたいへんだ。わからないことや知らないことがたくさんあるし、家族と離れていることも心細いだろうと思う。
ちょっと似た経験を持った筆者がここに来たのも、何かの縁じゃないだろうか。

異国でさまよったときの「縁」がつながって大きな円環となって、その上をぐるーっと回って、今、ここにいるような気もする。
そして、その円環はここで閉じるのではなく、また別の縁を呼び、もっと直径が大きくなっていくのではないかと感じている。

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